
竹潜図
竹紙(三宅賢三氏)/大﨑膠/墨/岩絵具/金箔

緑陰
本美濃紙(美濃竹紙工房)/大﨑膠/墨/岩絵具
漆原夏樹
耕/ たがへし 活動所感
作品と素材との距離感は、日本画を出自とするものにとって常に制作の過程で思考を巡らすことでもあり、それぞれの作家性にも関わることなのではないだろうか。自分としては作品内容に対して、素材はそれを受け止める器としてあくまでも中立であってほしいと考えており、ことさら語るものではなく、ましてやその素材を使用しているからより価値がある、というような詐術には与しないようには心がけてきた。作品を発表してきた経験からも、鑑賞者は作品内容には惹かれてもその素材にまでは中々焦点を合わせてはいかないのが実情で、早々に素材や技法に話が及ぶ時は得てして作品内容に見るべきものがない時なのではないだろうか。物体を超えたものを生み出そうと絵を描いている者にとっては、そこに素材を語る上での難しさがあるように感じる。また、作品が日本画であることを担保するものとしての素材のありようも、問題を複雑にしているように思う。しかし、最近になり使用している素材の感触が徐々に変わってきてしまったと実感することが増え、今後どのように素材と関わるのかを考える上でも、中庸でいようと見て見ぬ振りをしてきたことに向き合う必要性を感じている。
一連の活動の中で現地での作業に参加できたのは、茨城県大子町においての楮の脇芽かきのみであったが、晩夏の最中得難い経験となった。真夏の陽を浴び成長した楮の脇芽を掻き取るという行為は、想像以上に身体性を伴う作業で、日差しと湿度に体力を削られながらも、まさに生命のかけらを素材としていく営みの一端に触れる機会となった。漆掻きの作業も同時に体験させていただき、こちらは掻き傷をつけ滲み出る樹液をこそげ集める作業となり、何らかの素材を作る過程でのある種の痛みというものに思いを巡らせる一日となった。作業を通じて楮生産者の斎藤邦彦氏の話を聞くに、原料の栽培、流通において想像以上に厳しい状況であるということが切実に伝わってきた。端的に良いものとして付加価値を広げていくことも必要なのかもしれないが、それによりこのような素材が何か特別な属性を帯びてしまい、日常からかけ離れ人々の意識から遠のいてしまうようにも感じた。あくまでも作品要素において、中立な存在として素材と関わりたい自分としては悩ましいところだが、現状で考えうる最も誠実な態度は、寄り添いながらその循環の中に身を浸し考え続けることなのだろうと感じた。
この活動の表題にもある紙と膠はともに生命の痕跡を湛え、人の営みによって再結晶化された存在ともいえる。今回制作された作品はこのような過程を経て作られた素材を使用しており、素材の物性のみならず、その背景を作品を通して考えながらの作画となっていった。今回の作品で支持体としたのは京都の三宅賢三氏による竹紙と美濃竹紙工房提供の本美濃紙で、竹紙は竹という身近な植物を原料として、どのような感触の紙になるのかという興味から選択した。画題としては竹紙に竹を主題としたものを描くことで、トートロジー的循環を絵と素材とその背景の間で作り出せないかと思索した。竹紙のハリのある滑らかな表層は毛描きや片ぼかしを丁寧に受け止めてくれて、非常に描き心地の良い楽しい紙だった。余談だがこの竹紙は漉く過程で楮を五~十パーセントほど混ぜて、漉きやすく乾燥時にも割れなくしているとのことで楮の偉大さを改めて知ることとなった。また、竹紙と共に使用した大﨑膠は強く獣の気配を感じさせる素材であり、獣のエキスで獣を描くことにあらためて密かな興奮を覚えた。本美濃紙での作品は、繊維の絡まりや雑味の見え方に興味をそそられたので、礬水をできるだけ弱めに引いて水と墨の動きに導かれながら構想を落とし込んでいく作画となっていった。わずかな滲みや表情の変化、繊維のほつれ、シミの雑味の中で見つけた景色に少しずつ筆を加えながら、水を媒介に循環していく、湿度をまとった何者かの気配が描けたように思う。
今回の活動では前述の内容の二作品を作画したが、共に構想を絵の手前に向かって積層するのではなく、絵の奥からイメージを見つけてくる感触の作品となり、素材に対する感度や扱う方向性を少しずらすことによる可能性の広がりを実感できたように思う。
以上が『耕/たがへし』第一回展へ向けての活動所感になるが、華やかさやはないが只管に誠実で現場での実感に基づいたハードコアかつロックな活動であり、今回ほぼ受け身での参加となってしまった自分としては、他のメンバーの方々のバイタリティーと熱情には一つの美のありようを垣間見るような思いだった。最後に、絵を描くものとしての立場からの表明になるが、今後は日本画の内外の問題や、素材に対しての筆法や絵具用法、絵画論などを足がかりに、作品内容の面からも素材をどう社会に接続していくのかを考えることが必要なのではないかと思う。
この活動がどのような影響を残すのかはまだわからないが、波紋の一揺れとしてどこかの誰かに響き、視界を広げるきっかけになれば幸いだ。
大崎膠試用所感
今回は鹿膠一番抽出を使用した。濃度は鹿膠7gに対して水70ccで9%濃度のものを作成。普段使用している三千本膠に比べ、圧倒的に野趣溢れる香りに心を踊らせながら制作を開始した。気温に対してのゲル化の温度が若干高めに感じたが特に違和感なく使用でき、絵具の伸び、発色、定着ともに上々の使用感という印象だった。特に発色に関しては明るめに彩度が高く発色するように感じたので、薄塗りで筆触を活かした表現によく合うのではないかと思う。