
やまあいの棲家
本美濃紙(美濃竹紙工房)/楮紙/墨/大﨑膠/胡粉/天然岩絵具

うみなり
石州楮紙 稀(石州和紙久保田))/銀箔/墨/大﨑膠/胡粉/天然岩絵具
伊藤みさき
紙を選ぶ
「画材屋に並ぶ和紙を買う。」
この行為に疑問を持ったのは大学院の二年になる前の冬のころである。
山形には実際手に取ることができる画材の種類が都市部に比べて少ない。もちろん、日本画材専門店などはなく、結果的に触れる素材の選択肢も限られる。そしてその中から、学生は(経済的な問題もあるが)より安価で手に入りやすい紙を買い求めていく。大学生の私の中で、いつの間にか和紙は日本画を描くための作法や手順となってしまっていたように思う。
山形県西村山郡西川町には紙漉き職人 三浦 一之氏が漉く「月山和紙」という紙がある。私の出身大学である東北芸術工科大学では一年生の課題から必ず使用する紙で艶のある風合い、あたたかな色合いが特徴の楮紙である。そのため、使い慣れた紙ということもあり在学中も頻繁に使用していた。
大学院修了後、山形県内の植物や生き物を写生し制作していくことから、あえて月山和紙を使うという選択を取る。ここで私は本当の「紙選び」という、このたがへしの活動に加わる原点となる意識をもった。
たがへしの活動を続けていく中で、茨城県大子町の芽かき作業と月山和紙の皮剥きを経て、山形県以外の紙漉き・楮の生産現場を見てみたいという強い思いが生まれた。
昨年の十二月二十日、島根県浜田市にある石州和紙の工房へ耕メンバーと共に訪れた。今回お世話になった紙漉き職人 久保田 彰氏、久保田 総氏の工房、石州和紙久保田に一週間ほど滞在させてもらい、楮の皮剥きの体験と周辺地域の取材を行った。石州では、トン単位楮が剥かれていく。工房の家族、親戚総出で向き合い、ひたすら剥く、剥く。引き抜いた楮の芯、キガラを重ねていく乾いた音だけが作業場に響く。人々が剥いた皮を束ね、日本海からの風が吹きすさぶ干場に楮の表皮を干していく。一日~二日ほど干した後の「てねかえ」作業も手間がかかる。「てねかえ」とは、表皮の完全な乾燥の為、束ねの結び目を上下入れ替える作業のことである。行われる作業のすべてが想像した以上の手間と人数、労力で支えられていた。
あの薄く輝く紙の中には、新芽が出る春、芽かきの夏、収穫前の秋には葉を落とす等楮の手入れ、そして冬には収穫・皮剥き・束ね・乾燥。生産にかかる全ての時間が漉き込まれていた。驚くべきことに、これらの作業を年末までに終え、年が明けたころにやっと紙漉きの仕事を行うという。
石州の人々は土地柄か、紙漉きの性なのか?彼らは本当にあたたかく、東北の地から何も知らず訪れた私を歓迎し、皮剥きをする仲間の一員として迎え入れてくれた。この一週間、石州で過ごした経験を私は決して忘れることはないだろう。
「紙選び」は絵に空気を入れることだと思う。漉かれた土地、関わる人を知り、意識すればおのずと絵に空気は流れてきた。手順ではなく必然である素材で作品を作る。
土地を知る、人を知る、そして素材を知る。土地の空気を孕む素材として私は紙を使いたい。
大崎膠試用所感
試用膠は牛膠の一番抽出から四番抽出までを水50㏄に対して5gの膠を使用。
外見に関しては一番は濁り、油膜も確認でき、とろみが強く感じられ膠独特の香り(獣臭)も強い。
反対に二番は牛膠4種類の中で最も透明度が高かった。
以前の大﨑膠に比べ、今回の膠は固形の段階で濁りなく油分やアクの少なさを感じ驚いた。
特に二番と三番が顕著で、違和感なく普段通りの感覚で使用できた。定着も問題なさそうだ。
全体に感じるのは市販の膠と比べてゲル化した際のトロっとした緩さがある。
実験サンプルでは制作で多用する墨へ白番の岩絵具(白翠末)を泳がせる技法を試した。
乾燥の段階でゲル化してしまうなど濃度、室温での調整は必要だと感じた。