絵画素材実習005_膠炊き/大﨑商店


日時:2025年3月8日〜11日

参加者:伊藤みさき、大山龍顕、金子朋樹、楚里勇己、福田彩乃、藤田飛鳥、藤本桃子、星和真、松岡円香


皮革の生産地、兵庫県姫路市の高田地区にある大﨑商店にて合宿する。

この地を流れる「市川」で、かつては盛んにおこなわれていた牛皮の「川漬け」による脱毛方法。それを復活させて製造する生皮(きがわ)や、本来的な意味での姫路革である、塩と菜種油で揉み上げた「白鞣し革」の継承に大﨑哲生さんは取り組んでいる。その古典的な製法への取り組みは、川漬け脱毛した牛や鹿の皮を原料とした、薬品不使用の膠製造へ発展し、その製造体験会による普及活動もおこなっている。
そんな大﨑さんとともに『耕/たがへし』として膠を作ることは、発足時からの目標のひとつだった。

朝、市川の水際に立つ。
この日のために大﨑さんによって川に漬けられた四国産赤牛の皮は4枚。胴付長靴を履き、川の中に立ちこんで回収する。この川漬けは、姫路のなかでも市川の高木付近で限定的におこなわれていた。この場所のゆるやかな水の流れや、程よい水量と水深が関係しているそうだ。
そんな市川が数日前までの豪雨の影響で増水し、無事に作業ができるかどうかが当日の朝まで懸念された。暖かくなった冬の気候や、局所的な豪雨などの条件変化は、自然から素材を得る私たちにも必ず影響がある。

岸寄りのやや浅瀬に石積みが2列作られている。その間で、皮は毛の面を上にして縦列にロープで留めながら、石積みに係留されている。水面から浮き上がったり、沈みすぎたりせず、全体が均等に漬かるよう、川底を均し、石を積み、水の流量や流速を調整することがとても重要である。
和紙でも、原料となる楮を川に漬け、水と日光に晒す工程をおこなうことがある。美濃和紙の場合、かつては市内を流れる板取川が晒し場だった。現在は、各工房にある水槽で水と日光に晒しているが、今でも年に一度、正月明けの寒い時期に板取川で「寒晒し」を共同でおこなっている。これは観光誘客としての一面もあるが、技術継承が主たる目的である。
継承する技術とは何だろうか。それは、川の流れを読み、石を積んで水量を調整し、川底が整った最適な晒し場を作ることだ。寒晒し当日の、川に楮を漬ける様子は華やかで絵になるが、大切なのは前日までの段取りである。
姫路の川漬けも同じだ。石を積みはじめて10数年。大﨑さんの作る石積みは、年を重ねるごとに良い出来になっている。

3月という季節と雨による増水で、皮の状態が心配されたが、結果としては杞憂だった。日差しは春を感じさせるが、川の水はとても冷たく綺麗で、ゆったりとした流れに皮が漂っている。2週間近く川に漬けられてすっかり苔むした毛は、軽く触れるだけでスルッと抜け、真っ白な表皮が現れる。とてもよい漬かり具合だ。気温や水温などの状況により、川漬けの期間は変わってくる。今回の合宿や、製造体験会のような作業日が決まっている場合、皮を漬け始めるタイミングがとても難しい。急に暖かくなったり、増水したりするたびに、大﨑さんから悲鳴が届く。

川から工場に移動する。
かまぼこ台に皮を広げて乗せ、せん(銓)刀を使い毛を抜いていく。台の手前の皮を腹で抑え、全身を使い刃を押し出す。かまぼこ型に湾曲した台と、両端に把手のある湾曲した細身の刃物は、皮と刃の当たり具合がよく、体重をかけて力も入れやすい。とても理にかなっている。
たっぷりと水を含んだ皮を移動させるたびに、重さや音、ブヨブヨとした脂っぽさ、においを感じる。そして牛を思わせる形から、かつてはこれが生きていたことを実感する。
絶えず水をかけ、抜けた毛を流し、足元に落ちた毛は熊手でかき集めて片付け、常に作業しやすい環境を整える。作業者以外がおこなう細かな気配りは、どんな現場でもとても重要だと感じる。
いつもと違う身体の動作はなかなか長くは続けられない。交代しながら手早く作業を進める。時間をかけると皮が痛む。脱毛を終えた皮は細かく裁断して水洗いし、計量して小分けにする。大きな寸胴鍋に皮を入れ、皮の重量に合わせた地下水を注ぐ。
いよいよ膠を炊く準備が整ったのは、日も暮れかけた夕方であった。

長年の試行錯誤と研究による大﨑さんの膠のレシピ。今回は『耕/たがへし』の膠として、それとは違うことをふたつ試みた。温度と時間である。大﨑さんは、色が淡くて透明感のある膠を作るために、あまり温度をあげず、短時間での抽出をおこなっている。それよりも高温で長く加熱し抽出することにした。大﨑さんは少し不満そうだ。色が黒く(暗褐色に)なると言う。それは承知の上で意見を押し通す。
大﨑さんの膠はそのまま使うより少し煮込んだ方が具合がいい(と感じる)。ならば最初から煮込んではどうか。絵具の発色の良し悪しは、膠の色の濃淡だけに因るものではない。
いつもの大﨑さんの膠と今回の膠、使い比べた結果をきちんと形にして示したいと思う。

6〜7時間の抽出を4回、延べ28時間ほどの抽出作業である。休憩や仮眠をとりながら、交代で温度を管理しつづける。イベントはおよそ6時間ごとに発生する。皮から溶け出したゼラチン質により膠となった溶液を汲み出して漉し、バットへ流し込み、冷所に安置して凝固させる。暖かだった昼の気温は、日没とともに急に冷え込み、奇跡的に膠作りに最適な条件となった。残った皮は計量し、再び地下水とともに炊いていく。2度目の抽出開始は深夜である。3度目は…。

いつの間にか作業は2日目に。
3度目の抽出と並行して、凝固した膠の裁断に取りかかる。大﨑さんはいつも幅広の短冊状に切る。今回はそれを3等分にした細い棒状に切る。切った膠は網棚に、つかず離れず真っ直ぐになるよう丁寧に並べる。切るのも並べるのも3倍の手間と時間がかかる。並べた時にできる隙間も増え、網棚が不足する事態を招く。
4度目の抽出が終わったのは20時過ぎ。3度目と4度目の抽出液が十分に凝固し裁断が可能になる翌日まで、ようやく、しばしの休憩である。前泊含め姫路滞在4日目を迎える。みんな何とか予定をやりくりし、1日だけ参加のメンバーもいる。それでも現場で身体を動かし、五感で感じ、体験することの意義は大きい。

現在、大﨑さんが作る膠は販売されていない。冬季に何度か開催している膠製造体験会に参加し、苦労を共有した人に使ってほしいと彼は言う。その理由や想いはよくわかる。販売するには労力もコストも合わない。しかし、もっと多くの人に大﨑さんが作った膠に触れてほしいと思う。今回の合宿でもそんな話をたくさんした。

彼の心も少し揺れている。