絵画素材実習001_大子那須楮の芽掻き、大子漆の漆掻き


日程:2024年8月24日(土)〜25日(日)

参加者:伊藤みさき、漆原夏樹、大山龍顕、金子朋樹、長澤耕平、福田彩乃、藤田飛鳥、藤本桃子、星和真


 本美濃紙(岐阜県)や越前生漉奉書(福井県)の原料になる「大子那須楮」の生産農家で大子那須楮保存会会長である齋藤邦彦さんの畑を訪れ、楮の脇芽を掻く作業を体験した。

 「大子那須楮(だいごなすこうぞ)」は那須楮のなかでも茨城県大子町で生産される楮のブランド名である。これまで那須楮として知られていたが、2016年の保存会設立を機に「大子那須楮」として名称が統一された。そのほとんどが岐阜と福井へ出荷される。本美濃紙と越前生漉奉書にとってはこれがなくては始まらない大事な和紙原料である。

 楮は一年を通じて手をかけ育てる。春になると先の冬に刈り取られた楮の株から数十本の「新芽」が出る。これを適切な本数に間引きながら株立ちさせ、幹が一本ずつまっすぐ長く、葉が落ちる晩秋には3〜4mにまで成長するよう「脇芽」を掻き続ける。また下草の除草も大切である。つる性植物が楮に巻きつくと、巻きついた部分の繊維が赤いヤケになり、紙の原料として使えないことがある。これらの作業は絶えず行われ、楮が背丈を越えて成長し日陰をつくるようになるまでは、日差しを遮るものが何もないなか地面に這いつくばるような体勢で作業し、楮が成長してからは日陰になるとはいえ、常に上を向きながら風通しが悪く蒸し暑い株間を枝や葉をかき分け進まねばならず、いずれにしてもとても過酷である。

 このような夏の間の芽掻きや除草作業は、冬の楮の蒸し剥ぎ作業や表皮取りを円滑に行うためにも重要である。枝のない楮は節がないため皮が剥きやすく、剥いた皮に穴が無いので一番外側の黒皮とその内側の緑色の皮(甘皮)を削り取る作業(表皮取り、白皮加工)が行いやすい。表皮取りの精度向上と作業時間の短縮、また紙漉き職人さんの手に渡ってからはチリ取りなどの手間の軽減につながり、平滑で地合のよい紙の抄造の効率化に寄与する。和紙の産地によっては甘皮を積極的に残したり、チリや楮の繊維感があってよい紙もあるが、本美濃紙や越前生漉奉書にはあってはならない。

 原料加工から楮紙抄造までの全ての工程に影響がでる楮の芽掻き作業だが、現在の大子那須楮の生産においては人手不足のため十分に行うことがなかなか困難な状況である。今回は2日に渡りメンバー9名でお手伝いをしたが、広大な楮畑の半分ほどしか作業は進まず、これを日々齋藤さんご夫婦で管理されていると思うと頭が上がらない。しかも畑はここだけではない。畑一枚の芽掻きが終わるころ、新たな芽はすでに伸びている。

 かつて楮の栽培が今よりも盛んだったころ、この辺りではどこの家庭でも楮を植えていたという。とはいえ専業の楮農家というものはなく、楮は他の作物と並行して作る農作物のひとつでしかなかった。そして楮の手入れに無理がない小規模な生産者が集まり、冬の加工作業を助け合う「結(ゆい)」のシステムが存在した。現在、過疎と高齢化で楮生産者は減り、その「結」の維持も難しくなっている。齋藤さんは楮の収量を維持するために専業となり、栽培が難しくなった方の畑を引き受けたり、自らの畑を増やしたり、加工を一手に引き受けたりしている。もはや畑はご夫婦で管理しきれる広さをゆうに超えているのではと感じる。

それでも齋藤さんは黙々と手を動かす。それはひとえに、

大子那須楮を必要とする和紙産地の人たちを想ってのことに他ならない。