『耕 / たがへし』について

 『耕/たがへし』は、2024年夏に発足した「日本画」を出自とした10名による作家グループです。日本画を背景に各々が異なる強みや専門の領域を持つ一方で、日本画にかかわる絵画素材への深い関心と眼差しを通底に集結しました。発足以降、「紙と膠」の二つを根底に据えてフィールドワーク活動「絵画素材実習」を行っています。この「絵画素材実習」は単なる画材研究ではなく、自らが創作のために手にする素材づくりの現場へ赴き、素材の特性の知見を深め、さらにその源流に触れることによって見えてくる人の暮らし、気候風土、営み、文化、信仰と真摯に向き合いながら自身の藝術と表現について問うことを目的としています。素材に関わる人たちのコミュニティの中で共に手を動かすという身体的な行為は、私たちにとってあたかも写生や素描をするような実感をともなう体験となっています。

 私たち『耕/たがへし』は、今後も現場を通じた様々な事象とコミットしながら活動を行います。


『耕/たがへし』諸言

 「耕し(たがえし)」のやまと言葉である「たがへし」。

 この「耕し(たがへし)」は「田返し(たかへし)」、つまり田畑の土を掘り返す動詞「田返す(たかへす)」を由来とし、やがて「耕す(たがやす)」という言葉になったという。

 中東、西アフリカ、東南アジアから辿り着き、紀元前五世紀頃に始まったという列島の農耕文化。この農耕を起源とし、今なお私たちの中にその血脈が連綿と流れている「耕す」という行為は、硬く締まった土をほぐし、土の中に空気をたっぷり含ませることを皮切りとする。「耕す」ことで土中の生物活性を高め、張りめぐらす根に、より栄養を与えて生長を促していく。

 「芸」の旧字体「藝」は生物の苗を植えている様子を表す。ゆえに、"種を蒔くことでいずれ花開く"という語源の「芸術」もまた「耕す」ことから切り離すことはできない。もとより私たち描き手の用いる紙、筆、墨なども「耕す」ことによる産物だ。

 江戸時代、医師で思想家の安藤昌益しょうえき(1703−1762)は、すべての人が農耕に従事することで人間本来の姿を得ていく「万人直耕」を唱えた。今やこの時代に逆行するかのような提唱だが、この発達した時代だからこそ「耕す」ことを通じて人間本来の在るべき姿を見極めていく眼差しの必要性を想う。

 江戸時代、医師で思想家の安藤昌益しょうえき(1703−1762)は、すべての人が農耕に従事することで人間本来の姿を得ていく「万人直耕」を唱えた。今やこの時代に逆行するかのような提唱だが、この発達した時代だからこそ「耕す」ことを通じて人間本来の在るべき姿を見極めていく眼差しの必要性を想う。

 信仰と農業に根差した創作を行った作家の宮沢賢治(1896−1993)は、「農民芸術概論綱要」を通じて民の生活を芸術へ昇華することを試みた。私はここに「耕す」ことから始めることの意味と可能性を見出し、また「耕す」ことと芸術との相関について想いを馳せる。

—『耕/たがへし』。

 私たちは描き手である前に一人の人間でもある。私たちの日々の暮らし、人間としての営みがあり、そして芸術がある。「耕す」を見つめることで、現代に生きる私たち人間の在るべき姿、さらにはものごとの本質を問い続けたい。この問う姿勢が、逆説的に私たち一人一人の求める「藝」術と成すべく。

耕/たがへし 代表  金子 朋樹